今昔物語 荒木晶子 VOL.1

ピンクレディのUFOが大ヒットしていた頃、雪降る街で1人の女の子が産声を上げました。
長女で初の内孫という事もあり、家族から可愛がられ大切に育てられました。

初めて発した言葉は、まだ乳児の頃に脱衣所のバスタオルを見ながら「おっぷー、おっぷー(お風呂ー、お風呂ー)」だったそうで、母親は「この子は天才だ!」と本気で思ったそうです。
こけし顔なのに髪の毛はぐんぐん上に伸びる、モヒカンヘアの私でした。

みんなに愛され何不自由ない姫待遇の日々でしたが、2年後に弟が産まれた途端「お姉ちゃんなんだから我慢しなさいっ!」時代が到来しました。
かわいい弟が出来て嬉しいけど、ちょっぴり寂しいような複雑な心境だったのを覚えています。


幼稚園はクリスチャン系に入園。
お昼ごはんやおやつの前には必ず神様にお祈りを捧げてからの「いただきます」だったので、お友達も穏やかでお行儀の良い子が多かったです。


小学校に入るとそんな習慣はどこへやら…動物園のような世界が広がっていました。
私は4年生くらいまでは神への畏敬が強かったので(!?)正義感が強く学級委員をしたりと、どちらかというと真面目な優等生タイプでした。
きちんとお勉強もしていたので成績もそこそこ、放課後はファンファーレバンド部でトランペットを担当し、ドラえもんを演奏する健全な日々でした。

がっ、5年生くらいからは、早くも良い子でいる事に疲れてしまい反抗期に突入。
両親の心配もよそに、やんちゃなお友達と一緒に遊ぶようになりました。
その年頃の女の子達といったら、好きな男の子の内履きを持って走り回って泣かせてしまったり、放課後に男子達を呼び出しては決闘ごっこしたりと、本当に謎でした。

そんな娘の将来を案じた両親の目はどんどん厳しくなり、さらに反抗するという悪循環に…。
当時は弟も悪ガキだったので両親をダブルで悩ませてしまい、よくあきらめずに育ててくれたなぁと、今となっては感謝です。


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